ザウルスお絵かきソフトの歴史:1. モノクロ世界のペインティング
▼紙に鉛筆で絵を描くようなとき,多くの人はものの輪郭線を引いてから色を塗る,という手順を踏むのではないだろうか.紙を液晶に,鉛筆をスタイラスに置き換えたPDAのお絵かきでもやはり,そうした手順が好まれている.このため,はじめの頃は特に輪郭線と色塗りとの相性がお絵かきツールを評価する上で重要なポイントとなっていたように思う.
たとえば,画用紙にクレヨンで引いた輪郭線は,後から塗る別のクレヨンの色で上塗りされる.油絵でも同じようにどんどん上塗りされる.一方,漫画のように黒ペンで輪郭を引いてからカラーインクで色を塗るような場合には,元の輪郭は上塗りされずに黒いままで残る.
輪郭線が消えるか消えないかで絵の描き方が変わってしまう.ザウルスの初代シリーズであるPI系は液晶が白黒二色であったため,手書きメモが前者でなく後者のように輪郭線を消さない方式を採用していたことは,理にかなっていたように思う.
1-1.PI系ザウルスの「手書きメモ」
【液晶ペンコム(PI-3000,PI-4000,PI-5000,PI-4500),アクセスザウルス(PI-6000,PI-7000,PI-6500,PI-8000,MobileZ,PI-6600)の時代.】
(本節のタイトル画はMobile-Zと手書きメモで描いたもの(2000年12月3日).Mobile-ZあるいはPI-8000は当時,横に長い大画面表示をウリとしていたザウルスで,スケジュールなどはザウルスを縦に持ったときに90度回転表示させることができた.後年のMI-P10と並んで縦横両方に標準対応する珍しいPDAだ.ちなみに,MobileZ,PI-8000で描ける絵の大きさは,278x128ドット,他のPI系ザウルスは198x128となっている.)
▼はじめのザウルスであるPIシリーズに搭載されていたのは,手書きメモと呼ばれる作画ツールだった.主な用途は地図を描いたりペン文字で素早くメモ取りしたりすることで,そのためにペンや消しゴムだけでなく,直線を引く機能や絵地図記号をスタンプする機能を備えていた.
(手書きメモのスクリーンショットを載せたいところだけど,出来なかったので申し訳ない...)
ペンの太さは細(1ドット)・太(2ドット)・極太(4ドット)の三種類で,ペンアイコンを押すたびに切り替わる.消しゴムの太さは細(2ドット)・太(4ドット)の二種類で,ペン同様,消しゴムボタンを押すたびに切り替わる.ペンの太さと消しゴムの太さがそれぞれ別のものとして保存されるのが便利で,例えばペンから消しゴムにツールを変更すると,前に使っていたときと同じ太さの消しゴムを使うことができる.
PI系ザウルスは白黒二色表示だが,漫画のように細かい網目(カケアミ)を使って色を表現することができる.網目の種類は一種類で,ペンの色選択ボタンの中からこの網目を選ぶと,輪郭線を消すことのない色塗りをすることができる.
▼僕は実のところPIザウルス時代のお絵かきは話に聞くことしかなかったのだけど,今回,記事のために実機(Mobile-Z.PI-8000のおよそ互換機)を初めて触って,そのお絵かき機能の完成度の高さに驚いている.当時,盛んだったらしい,皆にザウ絵と呼ばれ始めたころのことが偲ばれる.
▼Mobile-Zで描いた絵をPCでみるためには,基本的にはパソコン接続ケーブルか赤外線通信(ただしASKと呼ばれる独自方式)でPCに送るしかない.僕はいずれも不可能だったので,以下のような方法を使った.
1.赤外線通信(ASK方式)でアイクルーズへと送信し,アイクルーズの電子アルバム(他の機種でのフォトメモリーにあたる)に保存.
2.そのままでは「PCデータに送出」が失敗してしまったので,一度「修正」ボタンで画像を開いてからあらためて「保存」しなおす.
3.「PCデータに送出」でGIF形式のPCデータとして保存したのち,ファイル操作用MOREソフトでCFカードへコピー.
4.カードリーダーでCFカードの画像をPCへ読み込み.
▼ここで残念な話としては,登場以来10年近くデータレベルでは高い上位互換性を維持しているザウルスであるが,MI-E1以降,つまり新生ザウルスになってからはついにPIザウルスとの赤外線通信(つまりASK方式を使った通信)ができなくなってしまった.ユーザサポートを保証する手間を考えれば仕方のないことではあるが,以前のMI系ザウルスではMobileZのような旧時代のザウルスとでもピッと通信できたのである.しかもMI系ザウルスからPI系ザウルスへ画像を送ることさえ可能で,僕はそれを使って大好きなざう絵描きさんとイラストを交換したことがあった思い出深い機能であるだけに切ない.
1-2.PI系ザウルスのAdd inソフト「ZauPenProfessional」
▼また,PI系ザウルスには「Add inソフト」と呼ばれるユーザの制作したソフトが数多く存在し,その中には「ZauPenProfessional 」という手書きメモの強化版も存在した.今回MobileZへのインストールに失敗してしまったので評価はできなかったが,ドキュメントを読む限りでは,複数のブラシパターンを持つなど現在のお絵かきソフトにほど近い機能を備え,ドローオブジェクト扱いの直線など,他にない機能も持つ.NiftyServeのFZAURUSやベクターからダウンロードすることが出来る500円のシェアウェアである.
1-3.PI系ザウルスからMI系ザウルスへ
【カラーザウルス(MI-10),パワーザウルス(MI-504,MI-506,MI-106,MI-110,MI-610)の時代.】
▼PI系ザウルスは1996年から1997年を境として,機種名がMIから始まる新シリーズへと移行した.MI系ザウルスとPI系ザウルスの見た目における大きな違いは,MI系ザウルスが32000色のカラー表示機能を持ち,また320x240の広く高密度な画面を持っていることだろう.初代MI-10以降は,MI-504,MI-506,MI-610へと発展を遂げ,通信や画像処理にも強いマルチメディアPDAとしての地位を確固たるものにした.しかし,いずれも大型で10万円を超える高価な機種であったため,シリーズの途中,MI-506の後には,液晶表示を16階調の白黒に変更し,小型・低価格をウリとしたザウルスポケットMI-106,MI-110が発売された.
▼MI系ザウルスでは全体的な画像処理の能力が強化されたが,一方で仕様の変更によりPI時代に出来たことがうまく出来ないことがあった.まず,上で紹介したようなAdd inソフトはMI系ザウルスで動作しない.MI系ザウルスはMOREソフトと呼ばれるMI系専用のソフトにしか対応していない.また,新しいお絵かきソフトとして搭載された「フォトメモリ/手書きメモ」は豊富な色を使って絵を描くことができたが,これはペンで塗った色が輪郭線を上塗りする油絵のような仕様だった.そのため,輪郭線を上書きしないPI系手書きメモの発展形を期待していたユーザにとっては大いに失望するものであったと聞いている.
「フォトメモリ/手書きメモ」という名前が示す通り,MI系ザウルスの手書きメモはザウルス用デジタルカメラで撮った画像の保存・編集ツールを兼ねている.高密度,32000色表示の美しい画面はこのために用意されたと言ってもいいように思うが,一方で,カラーを意識した仕様はそれまでのざう絵における白黒画法の蓄積を損なう結果になってしまった.
▼僕がザウルスを買ったのは,以上のようなMI系ザウルスが出そろっていた1998年暮れのことである.ザウルスを買った理由は絵を描くためで,僕くらいがちょうど,絵を描くためにPDAを選ぶことが可能になった(お絵かき)世代ではないかと思う.当時はPI系ザウルス以外のお絵かき用PDAとして,同じくシャープのWizや,生産中止につきひどく高かったAppleのNewtonMessagePad130J,まだ3comが販売していたPalmPilot,PalmIII,セイコーインスツルメントのTipoなどが広く知られていたが,ちょうどその暮れには一年前に発売されたザウルスMI-110の値段が下がり,またCASSIOPEIA E-55 (WindowsCE,Palmsize-PC)が発売されるなど,安価かつ描画領域が広いというお絵かきに向いたPDAが広く店頭に並んでいた時でもあった.広い選択肢の中から僕がMI-110を選んだのは,NewtonMP130J以上の画面の広さを持ちながらたったの35000円で売られていたことと,そのとき見聞きしていた「ざう絵」の蓄積に惹かれたからであるが,PDA初心者もいいところだった当時の僕は,PI系とMI系が全く違うザウルスで,MI系の「ざう絵」がほとんど描かれていないということは知る由もなかった.
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